教養・外国語 2023.07.14

従来の法律とAI時代の法律学習について

荘司 雅彦 荘司 雅彦 客員教授
従来の法律とAI時代の法律学習について

1 法律は常に身近にある

 皆さんは「法律」と聞いて何を思い浮かべますか?
裁判長の叩く木槌? 法廷での堂々たる弁論? どんでん返しの逆転無罪?
ドラマや映画の影響が大きいのでしょうが、法律は狭い法廷だけで繰り広げられるものではありません。

 あなたが通学や通勤のために家を出たら、道路交通法を守らなければなりません。コンビニで買い物をするのも、売買契約の締結です。会社等に勤めていれば、労働基準法等の適用を受けます。結婚すれば民法の婚姻の規定が適用されますし、浮気をしたら民法上の不法行為になって慰謝料支払い義務が発生します。
 このように、知らず知らずのうちに私たちは法律に取り囲まれているのです。

2 ビジネスも法律に縛られる

 私生活よりも恐ろしいのは、ビジネスシーンです。
転職する時に会社の顧客名簿をコピーして持ち出せば、不正競争防止法違反になって逮捕されることもあり得ます。レアもの商品を販売する会社の取締役になって、「この商売儲かるじゃないか!」と思い、副業として同じような商品をネット販売すれば「取締役の競業禁止」に触れてしまいます。セクシャルハラスメントやパワーハラスメントを行えば、会社共々賠償請求をされる恐れもあります。

3 法律を知らなかったと言い訳できるか?

 「そんなことを言われても私は専門家じゃないから、法律なんて知らないよ!」と言いたくなるかもしれません。しかし、「法の不知はこれを許さず」というのが法律の大原則で、「知らなかった」という言い訳は決して通らないのです。「知らなかった」で許されるのなら、極端な話「多くの人に害が及ぶ悪行が罪になるとは知らなかった」と言い張れば無罪になってしまいます。言い換えれば、法律に詳しくなればなるほど抵触するリスクが高くなるので、法律を学習する人がいなくなってしまいます。

4 従来の法律学習の限界

 今までの法学教育は、六法全書等に書かれている法律の理解と解釈、その法律が適用された裁判例(判例)の修得が中心でした。理解力と記憶力と応用力が司法試験等の資格試験の合否を決めています。

 しかし、AIの出現等、日々変化していく現代社会では既存の法律を知っているだけでは不十分になってしまいました。既存の法律が追いつかないのです。「AIが作成した写真の著作権は誰にあるのか?」という議論をしている間に、ネット上では大変な勢いでAI作成写真が出回っています。テクノロジーが法律を置いてきぼりにしてしまったと言っても過言ではありません。
 このような激動の時代には、既存の法律の知識だけでは武装できません。

5 新しい法律学習の必要性

 既存の法律が通用しない時代には、詳細な法律の知識よりも骨太の法的思考力が必須となります。それを養うためのもっとも効果的なトレーニングは、論理学等の法哲学のツールを使って「正解のない問題」を考えることです。「正解のない問題」に対して、自分なりに筋道を立てて、独自の回答をひねり出すトレーニングを繰り返すことによって、骨太の法的思考力を習得することができます。

 昨今、哲学をはじめとした「教養」の重要性が声高に叫ばれています。一流のビジネスパーソンは美術や音楽等の鑑賞を怠ってはならないと力説する識者もおり、ビジネス教育のために美術鑑賞を課す組織もあると聞いています。

6 「六法と法哲学」の講義について

 私の担当する「六法と法哲学」では、既存の法学教育を3回、論理学の基礎を1回、「正解のない問題」を考えるトレーニングに3回を充てています。最終回は総復習です。
 既習した学生の皆さんからは、私自身考えもしなかった斬新な質問や意見をいただき、頻繁に知的刺激を受けることができました。

 既存のものを理解する法学から自分の頭で考え出す法学への橋渡しの講義として、「六法と法哲学」の講義と学生の皆さんのリアクションは、わが国で最先端集団に位置するものと考えています。