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通信制大学のなかの人にインタビュー

Interview12

日本の伝統芸能

倉持 長子

客員講師

PROFILE

2008年東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了、2015年聖心女子大学大学院人文学研究科博士後期課程修了(博士〔文学〕)。2015年春より玉川大学、2016年春より聖心女子大学にて、レポート・論文・プレゼンテーション・自己PR等の文章表現を指導している。古典芸能(能楽)の作品研究を行っており、2015年秋より明星大学にて伝統芸能の講義を担当するほか、都内代々木能舞台(代々木果迢会)にて、能楽公演前のプレレクチャーを行っている。

        

出会い

専門分野との出会いについて教えて下さい。

私は、古典芸能の能楽を専門に研究しており、その中でも特に源氏物語をテーマにした作品、源氏能、源氏物と呼ばれる作品群を研究しています。もともと祖母と母が能の謡(能の声楽部分)や仕舞(能の一部を面・装束をつけず舞う、略式の演じ方)を習っており、高校生の頃に一緒にやってみたらどうかと勧められたのですが、当時は興味をもてませんでした。

しかし、日本文学や音楽そのものは好きだったので、大学生の時に母に誘われて「景清(かげきよ)」という能を鑑賞しました。「景清」は盲目になった主人公が生き別れの娘と再会し、また別れてしまうというお話なのですが、その出会いと別れがすごくじーんと胸にしみてきて、役者の演じる悲しみや情念が舞台から自分へ迫ってくるようでした。それは今までに鑑賞したミュージカルやオペラでも感じたことのない感覚で、この強い衝撃から能楽の世界を知ってみたいと思ったのが出会いです。

その後、自分が社会で何をしたらよいか苦悩し、絶望的な気持ちになってしまう時期がありました。そんなとき、救済や供養が能楽の大事なテーマになっていることに気づき、能楽に助けられました。そこから能楽の宗教的な思想にも興味をもち、研究を始めていくことになりました。

学問

古典芸能とはどのような学問ですか?

「古典」という言葉を英訳すると、「クラシック」となります。この「クラシック」の語源になった言葉には、国家を危機から助けてくれる、力を与えてくれるもの、という意味があります。そして能楽もまた、救済や供養といった、苦しんでいる人たちを救う世界観があります。

実は、能に出てくる人たちは哀しい人たちばかりです。例えば、無念の思いを抱いたまま死んでいった人の幽霊などが、数多くモチーフになっています。現在私が研究をしている源氏物語も、光源氏や美しい女君たちなど一般的には華やかなイメージですが、実は報われず苦しんでいる人物が多く登場します。

自分の経験からもそうですが、古典芸能は自分が辛い時に寄り添ってくれ、過去の人もこんな大変な思い、報われない思いをしたけどこうやって魂を浄化したんだなと知ることができます。古典文学は人気が下がりつつありますが、自分・社会・国の危機にちゃんと手を差し伸べてくれる、魂を救ってくれるという、優しい思想があります。こうした日本人の心根を追求、伝承していく学問として私はとらえています。

面白さ(1)

日本の伝統芸能を学ぶ面白さはなんですか?

第一に、古くから現在まで脈々と受け継がれていき、日々どこかで演じられていることが魅力です。今でも新作が創られ続けていて、東日本大震災や公害病、原爆などをテーマにした能や、エルヴィス・プレスリーを題材にした英語で作られた能もあります。確かに古い作品は、昔の言葉や思想なので現代の私たちが理解し辛いことも多いと思いますが、自分の感性と知性を最大限活かして作品に向き合い、その難しさを自分で乗り越え、理解を獲得していく楽しさがあります。

第二に、総合芸術としての面白さです。能は一つの作品に様々な要素が含まれていて、文学としての面白さだけでなく、能楽堂や能舞台の造りを建築的な見方で楽しむこともできますし、能役者の声がどう出ているか、なぜあんな動きなのかという身体論の面白さもあります。そのほか、音楽的な面白さや装束の美しさ、面の造形、言葉遣いなど様々な切り口で楽しむことができます。

第三に言葉のもつ魔力です。ぜひ能や歌舞伎、文学などの詞章を口に出して読んだり唱えたりしてみてください。言葉そのものから色や香り、明暗が立ち上がってくる不思議な感覚になります。そして、もう一つが老いの魅力です。

面白さ(2)

老いの魅力とはなんですか?

世間はどうしても若い人ばかりに注目し、もてはやす傾向にありますが、能のすごいところは人が老いや老境に向かっていくことを否定しないことです。むしろ、老境に向かっていくことがとても大切なのです。能には「老木に花の咲かんがごとし」という言葉がありますが、老いた体をどのように華やかに見せるかにこだわっていて、老女物と呼ばれる作品は特に位の重い作品に位置付けられています。お婆さんを魅力的に演じることが、能楽師としての究極の憧れなのです。

特に、室町時代に能楽を大成した世阿弥は、老いに向き合い研究した人で「老後の初心忘るべからず」という言葉を残しています。これは、老いた後も新しいことにチャレンジするべきだということ、またその際の心構えを示したものです。現代は超高齢化社会に突入していますが、私たちも世阿弥の言葉から、年をとったからダメだとかいわず新しい自分になれる、革新していくことができる、と教わることができるのではないでしょうか。

なお世阿弥の言葉では、ほかにも「離見の見」という言葉があります。これは自分自身を客観視するということです。役者は心まで舞台にのめり込んではいけなくて、心を後ろに置いてお客さんにどう見られているかということを常に意識する必要があります。なかなかできませんが、この言葉も現代に通じる、社会で生きていくのに重要なことを教えてくれていますよね。

メッセージ

入学検討者への一言

サイバー大学は通信制大学ですので、学び続けるモチベーションを保つには高い志や根気が必要かもしれません。しかしそれだけに、学業を修めたときの喜びや自信は大きいはずです。またサイバー大学で学ぶことは、生涯にわたって自発的に学び、成長し続ける人間になることにも繋がります。

私は、サイバー大学の教員になった際に、学長から「自分にしかできないことをやっていこうよ」という言葉をいただきました。皆さんも自分の専門性を高め、その成果をもって社会や周りの人を幸せにできたら、こんなに素晴らしく、充実した人生はないと思います。

そのためにもぜひ、サイバーで学ぶことを検討してもらえればと思います。

Q&A
お気に入りのものはありますか?

祖母から母へ、母から私が譲り受けた「観世流謡曲百番集」という能が百曲収められている書物です。もうボロボロですが毎日使っています。また、一緒に譲り受けた小鼓も、家宝として大切にしています。

お気に入りの場所はどこですか?

奈良県桜井市の長谷寺です。「源氏物語」の女性たちも幸せを願って参詣したとされるお寺で、能とも深い関わりがあります。本尊の十一面観音はもちろん、懸(がけ)造りの舞台・見事な回廊・季節ごとの花々が素晴らしいお寺です。

尊敬している人、目指している人は誰ですか?

恩師である、源氏物語研究者の原岡 文子先生と、能の研究者である松岡 心平先生です。お二人とも研究者として一流というだけでなく、教育者としても一流です。また、研究のみに没頭するのではなく、文学や芸能の現代的意味を追究し、社会に訴えかける姿勢をとても尊敬しています。

どのような学生でしたか?

大学入学時は人見知りで、空いている時間は図書館で一人ムーミンや伝統芸能のビデオをずっと観ていました(笑)。その後、基礎演習で友達ができると小鼓愛好会や聖歌隊でクラブ活動をしたり、雑誌編集やシンポジウムを企画したりと活発に動いていました。

好きな言葉はありますか?

「愚公移山(ぐこういざん)」という、大学生の頃お世話になった先生からの言葉です。周りから見てどんなに愚かだったり、稚拙に見えたとしても、頑張っているといつかは偉業を成し遂げられるという意味ですが、この言葉のおかげで信念を持って努力し続けようと決意できました。

子供の頃の夢はなんですか?

幼稚園の先生です。幼稚園ではリズムに合わせて体を動かすリトミックがとても好きで、得意でした。今思えば、小さい頃から拍子や音楽などの芸能的なものに心惹かれていたのかもしれません。