2009年3月4日
早稲田大学・サイバー大学合同古代エジプト調査隊
隊長 吉村 作治
(サイバー大学学長・早稲田大学客員教授・工学博士)
早稲田大学・サイバー大学合同エジプト調査隊(隊長:吉村作治サイバー大学学長、早大客員教授、工学博士)は、エジプトの首都カイロの南南西40kmの位置にあるアブ・シール南丘陵遺跡で新王国時代第19王朝のファラオ、ラムセス2世(紀元前1279-1213年)の孫王女と思われるイシスネフェルトの埋葬室と石棺を発見した。
このアブ・シール南丘陵遺跡は、調査隊が1991年に調査を開始した遺跡で、すでにラムセス2世の第4王子で、皇太子でもあったカエムワセトの葬祭殿が発見されているが、墓が発見されたのは初めてのことである。カエムワセト王子にはイシスネフェルトという名前の娘がおり、墓がカエムワセトの葬祭殿の近くから発見され、石棺に王族の女性を示す称号が記されているから、発見されたイシスネフェルトの石棺は、カエムワセト王子の娘のイシスネフェルトのものであると調査隊は考えている。
イシスネフェルトの墓が発見されたのは、昨年夏に発見された新王国時代第19王朝に年代づけられるトゥーム・チャペル(神殿付き貴族墓)の北西付近で、入口が竪坑になっており、竪坑の東側に穿たれた下降通廊を降りると石棺を納めた埋葬室があった。埋葬室は、トゥーム・チャペルの背後のピラミッドの西端の下にもぐりこむように位置していた。石棺は、良質の石灰岩製で、側面全体に沈め浮彫が彫られ青色で装飾されていた。石棺の形は、古王国時代以来の典型的な両端に突起部が付いた蒲鉾状の上部を持つもので、石棺本体の頭の部分の側壁には、中王国時代の棺に特徴的なウジャトの眼が彫られている。石棺に刻まれたヒエログリフには、「シェプスト(高貴な女性)、イシスネフェルト」と称号と名前が記されている。この「高貴な女性」の称号は新王国時代には珍しく、王族の女性の例しか知られていない。カエムワセト王子の娘の墓が発見されたことで、今後カエムワセト王子本人、あるいは妻、息子などの墓が周辺から発見されることが期待される。なお、丘陵頂部で墓が発見されたのは初めてのことであり、これまでの新王国時代の墓地の分布が塗り替えられることになった。
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