世界遺産コラム

インドネシアの国づくりと文化財政策

小野邦彦

プロフィール

小野邦彦(おの・くにひこ)
サイバー大学世界遺産学部学部長。早稲田大学客員助教授。東南アジアの建築史を専門とし、2002~2006年まで日本国政府アンコール遺跡救済チームによるカンボジア・アンコール遺跡の保存修復事業に従事。

また2006年から独立行政法人文化財研究所文化遺産国際協力コンソーシアムの企図による、ジャワ島中部地震による世界遺産プランバナン等の復旧支援のために組織された調査団に参加。

多民族からなる国家インドネシア

ジャワ島には、インドネシアの約2億3千万の人口のうち、1億2千万にあたる半数ほどの人々が集住しています。それ以外にも多数の島々があり、人口の大半がマレー系ですが、その他の民族の数も数百といわれ、また中華系インドネシア人も一定数おり、さながら民族の坩堝(るつぼ)をなしています。

「よくこれだけ多民族でありながらも、ひとつの国として成り立っているな」と感心するほど。

もともとはそれぞれの島が独自の文化を持っていたのですが、オランダから独立して1945年に「インドネシア」という国が作られた際、それら全体をまとめてひとつの国として団結するため、なかば強引に「インドネシア民族」という概念が創造されました。
それを一般に浸透させるため、独立後も政府は腐心し続けてきたという経緯があります。

多くの民族が土着の言葉を持っていましたが、マレー語を母体とする「インドネシア語」を新たに創り出しました。
たいていのインドネシア人は、その土地でもとから使っている言葉で日常的な生活を行いますが、しかし公共のテレビの視聴とか、あるいは他民族との会話はインドネシア語を使っています。つまりバイリンガルなのです。

「多様性の中の統一」というスローガン

多民族をひとつにまとめるため、いったいインドネシアという国はどんな努力をしてきたのでしょうか。

たとえば国章。
国章のモチーフである聖鳥ガルーダは、ヒンドゥー教の三大神の内のひとつであるヴィシュヌ神の乗り物です。その聖鳥の下には、「それは多様であるが、ひとつである」と書いてあります。

これが意味するのは、遥(はる)か古代のジャワに2つの大きな宗教、インドに由来する仏教とヒンドゥー教の潮流がありましたが、「仏教の仏陀とヒンドゥー教のシヴァ神、異なるものではあるけれども本質は同じ、ひとつなのだ」ということです。

この、古代に生まれた思想が、現在は文脈を変えて、「多様性の中の統一」と通称されるスローガンとなっています。
「仏陀の本質、シヴァの本質、その両者は異なれども、ひとつなり。究極的には同じである。」―この考え方はジャワ独自で、インドでもこうした思想は無かったと言われています。

それからインドネシアの国是は、パンチャ・シラ(五原則)と呼ばれますが、神への信仰・民族主義・国際主義・民主主義・社会正義の五つがそれに該当するもの。この建国の理念を支えるスローガンのひとつが、「多様性の中の統一」という考え方でした。

歴史的に見れば、古代でも仏教・ヒンドゥー教双方の宗教間でそれなりの諍(いさか)いがあったでしょうが、その中でなんとか共存共栄していく手法を模索し続けてきたのです。古代の人たちが残した平和的な知恵、これを独立後のインドネシアでも温存して、活用していこうと考えたわけです。

イスラム大国でなぜヒンドゥー・仏教遺跡?

現在のインドネシアは、人口の約90%がイスラム教徒とされ、世界有数のイスラム大国です。しかしイスラムのほかに仏教もキリスト教も、そしてヒンドゥー教もあり、すなわちイスラム以外、ある意味全部マイノリティーと言えます。

したがってあまりにもイスラム色の強いシンボルを政府が使ったりすれば、すぐにほかのマイノリティーから強い不満が沸きあがって、争いの種になることもあります。

ですからヒンドゥー・仏教時代のシンボルは、過去の歴史的な遺物ではありながら、誇るべき価値のある古代の精神的な所産でもあります。これはさしあたりの利害関係の生じ難い、すなわち国のスローガンとして実に扱いやすい代物です。であるからこそ、現在に至るまで重宝され続けているという側面があるのです。

イスラムには礼拝施設モスクなど、価値ある文化財建造物がたくさんありますが、そのような政治的背景もあって、国の文化財行政は明らかにボロブドゥール遺跡をはじめとする、ヒンドゥー・仏教の遺跡を重視し続けてきたわけです。

インドネシアの国づくりにおいて、「ヒンドゥー教や仏教も、インドネシアの長い歴史の中の一部なのだ」という考え方を強く主張し、過去に遡及(そきゅう)しながら、現代の課題を克服する道を模索し続けてきたといえるでしょう。

国指定文化財もお国柄でいろいろ

そしてインドネシアでは、在地の伝統的家屋が文化遺産となっているばかりでなく、オランダに植民地化された際のコロニアル建築も多数、文化財に登録されています。

ヒンドゥー教や仏教が渡来する以前の、先史時代の遺跡も文化財になっていますし、日本軍政下の防空壕なども国指定文化財となっています。

出自の異なる民族が生み出したさまざまな文化遺産。文化遺産の多様性からも、逆にインドネシアの多民族性が見てとれるわけです。そしてこれらの文化遺産は、その当初、ある特定の民族や状況に帰するものでした。

ここで“文化遺産”という新たな認識枠を与えられることにより、インドネシアという国のナショナル・アイデンティティーを確認するための、我らが“インドネシア民族”の共通の遺産になります。つまり文化遺産に、“ひとつの国”、“ひとつの民族”という新たな価値が付加されることになるのです。
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