世界遺産学部 教員コラム

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【リレーコラム 第10回】 2010.04.26

徳丸北野神社「田遊び」映像の制作後記

朝田 健治

朝田 健治 Asada Kenji

 

国立千葉大学工学部写真工学科卒。TVドキュメンタリー番組のカメラマンとして、十数年間アジア、アフリカ、中南米を中心に少数民族の生活や野生動物の生態を撮影してきた。また、早稲田大学の古代エジプト調査隊に隊員として参加し、発掘調査や遺跡の記録映像を制作してきた。

重要無形文化財「田遊び」

2月11日、東京都板橋区にある徳丸北野神社の重要無形民俗文化財「田遊び」の撮影会を行いました。参加者は、世界遺産学部学生2名、教員2名、メンター2名の計6名。

 


徳丸北野神社「田遊び」映像


「田遊び」は五穀豊穣を祈って毎年旧正月に行われる神事ですが、その歴史は古く、民俗学者の折口信夫(おりくちしのぶ)氏は、日本の伝統舞踊「田楽」はこの「田遊び」から派生したのではないかと推測しています。(「田遊び」の詳細は、世界遺産学部の土井賢二郎さん、瀬戸邦弘助教の報告をご覧ください)

「トホホ」雨の中の撮影

撮影風景

午前中に<餅つき>と<もがり(「田遊び」の舞台)>の設営が終わり、準備は完了。この日は、朝からどんよりとした曇り空でしたが、午後4時頃になると風に小雨が混じってきました。雨に濡れると太鼓が傷むので「田遊び」は本堂で行われます。

午後6時、本降りの雨の中、「田遊び」が始まりました。本堂入口にはアマチュアカメラマンが陣取り、その後ろには傘を差した見物客が大勢取り囲んでいます。私たちは、早くから本堂正面のカメラポジションを確保していました。ところが、そこは、ちょうど屋根の雨樋の真下でした。カメラにはビニール袋をかぶせていましたが、私たちは空から降ってくる雨と雨樋からこぼれる水滴の両方をまともに受ける羽目になりました。

雨脚は次第に激しくなり、温度は急速に下がってきます。そのうち忍耐の限界が来るなと<半べそ>をかきはじめた頃、見かねた開催者が見物客を中に入れてくれました。とはいっても全員は入れません。本堂の横の軒下と賽銭箱の周囲に何人か入ることができました。私も運良く賽銭箱の横に陣取ることができました。しかし、たっぷりと水を吸ったズボンと靴のせいで体がどんどん冷えてゆきます。心は<トホホな気分>に覆われていましたが、ここで頑張らねば、と自分に言い聞かせ撮影を続けました。

「田遊び」を最後まで見届け、帰りに全員で駅前の中華レストランで祝杯を挙げました。このとき、冷え切った体を中から温めてくれた激辛ラーメンは本当にうまかったです。

「田遊び」映像のミニ考察

みんなで記念撮影

「田遊び」映像は以下のような構成になっています。

1)徳丸北野神社境内:徳丸北野神社の場所、由来の紹介
2)写真「田遊び」シーン:「田遊び」行事の目的と由来、無形文化財
3)祭りの準備:「田遊び」の道具つくり、舞台つくり
4)雨の「田遊び」:所作の解説、雨のなかで見た「田遊び」の感想

この作品は、祭り当日1日だけの撮影ですから、このまま行事を時系列に並べるだけでは構成が単調になってしまいます。しかし、今回は、<2)写真「田遊び」シーン>が入ったことで起伏をつけることができました。写真シーンは時系列で言えば、過去に思いをはせる歴史時間といっていいでしょう。その結果、徳丸北野神社=<現在>、写真構成=<歴史時間>、祭の準備=<現在>というように、歴史時間があいだに入ることで、時間の飛躍が生まれました。また、話の展開としても、ここで「田遊び」の基本情報が欲しいところです。しかし、写真ではなく本堂の「田遊び」映像を使ってしまうと、本来の晴日の「田遊び」のイメージが伝えられないだけでなく、雨の「田遊び」シーンを2回見せることで、やや興ざめになってしまいます。写真「田遊び」シーンによってこうしたマイナス要素を避けることができました。構成上、重要な働きをしています。(ちなみに、この写真は板橋区役所からお借りしました。この場を借りてお礼を申し上げます)

今回の「田遊び」は、見る者も演じる者も雨の中という悪条件で行われました。そのことで両者のあいだに生まれた一体感や、やきもきする感じの人間的な面白さが映像に現れていたように思います。晴れの日の例年の行事とは、ひと味違った「田遊び」を記録することができたのではないでしょうか。

徳丸北野神社の「田遊び」について
(執筆:世界遺産学部3年 土井賢二郎 監修:世界遺産学部 瀬戸邦弘)

徳丸北野神社

東京都板橋区の徳丸北野神社では、毎年2月11日に「田遊び」と呼ばれる伝統行事が行われます。徳丸北野神社は京都の北野天満宮より分霊を迎えて祠を平安中期に建立したことに始まる由緒ある神社です。

ところで、本日ご紹介する「田遊び」とは奈良時代からすでに行われていたと言われる日本を代表する伝統的な行事であり、その年の五穀豊穣と子孫繁栄を祈願するいわゆる「予祝行事」のひとつです。現在、徳丸北野神社は地元の人々を中心とする「徳丸北野神社田遊び保存会」によって護られ、受け継がれています。

祭り当日、神社では拝殿の前に二間(約3.6メートル)四方の「もがり」と呼ばれる聖域が設けられるほか、神前に供える鏡餅や行事の中で使用する道具(農作業の所作で用いる鍬)を作るために3斗3升3合のもち米を境内で搗(つ)くなど、朝早くから準備に追われます。そして、夕刻6時を回る頃、祭りを主導する大稲本を中心とした役方がもがり中央に設置される太鼓を囲んで、「田起こし、種まき、稲刈り」などといった一年間に行われる農作業の所作のシミュレーションを行うのです。神前にて農作業の所作を滞りなく執り行い、それに感謝する・・・。この一連の神事によって、その年の豊作が神様と約束されると伝承されており、この行事は農業を生業(なりわい)とする日本人にとって非常に重要な行事といえます。そして、最後は太鼓の上に「田遊び」の道具一式が積み上げられ、喜びの手締めによって「田遊び」は毎年幕を閉じます。

板橋区では、徳丸北野神社のほか赤塚諏訪神社でも毎年2月13日に「田遊び」が行われ、両地区の「田遊び」は国の重要無形民俗文化財に指定されています。なお、徳丸北野神社に隣接する郷土芸能伝承館は「田遊び」の道具を展示しているほか、映像資料も公開しているため、初めて訪れる人でも「田遊び」について理解を深めることができます。

ぜひ皆様も一度訪れてみてはいかがでしょうか。

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