「DNA情報から日本人の起源を探る」

理学博士
系統進化学、古生物学、地質学、地球環境科学、保全生物学
1968年 九州大学大学院理学研究科、修士課程(地質学専攻)を修了後、九州大学理学部助手、東京大学理学部助手等を経て、1997年、名古屋大学大学院理学研究科教授(地球惑星理学専攻)、2001年同大学院環境学研究科教授(地球環境科学専攻)を歴任(2007年 3月定年退職)、2008年4月より現職。
私たち日本人にとって、日本人のルーツがどこにあり、どのような過程を経て日本人が成立したかという話題は、誰もが興味を抱くテーマであると思います。
昨年の12月10日に、アジアのモンゴロイドの成立に関する論文が米国科学雑誌サイエンスに掲載され、この論文の内容は、翌日の新聞各紙上でも取り上げられ話題となったので皆さんの記憶にも新しいと思います。ちなみに、朝日新聞では「日本人の祖先 東南ア経由?」という大きな字体の見出しでした。(図1)

現代人類(ホモ・サピエンス)はアフリカで誕生し、アラビア半島からインドの南岸を経て東南アジア、オセアニア、東アジア、南北アメリカ大陸へと移動・拡散していきました。一方、アフリカから中東を経て西方のヨーロッパへ、また東方の中央アジア方面へと拡散していったルートも知られています。
なぜこのような移住・放散のルートが解明されてきたかというと、現代人類が残した人骨や石器などの考古学的遺物の分布とその年代学的な情報と共に、近年発展を遂げているDNAの塩基配列を用いた分子系統学的研究分野の貢献が大きいと言えます。
ここで少し、DNAの塩基配列を用いた分子系統学的研究がヒトの移動や拡散、人類集団の形成にどのように応用されるかについて、簡単に述べます。
私たちの体をつくる細胞の核を構成する核DNAおよび細胞小器官ミトコンドリアにあるミトコンドリアDNAには、個人、人類集団、また現代人類(ホモ・サピエンス)が辿ってきた系統進化の情報が塩基配列に記録されています。
ミトコンドリアDNAは母系遺伝し、かつDNAの組み換えも起こらないので、母親からその娘を経て孫娘へと女性のみを辿る遺伝子の系図を描くことができます。現代人類のミトコンドリアDNAの遺伝子の系図を現在から過去へ辿っていくと、遺伝子系図の共通の祖先となった女性を何度も経ながら最終的にはすべての系図が一つに収束して、現在の地球上の女性の共通の祖であるアフリカにいた一人の女性(イブ)に辿りつくことになります。このことは有名なイブ仮説として知られています。一方、男系の系統は、男性を決定するY染色体のDNAにある非組み換え領域(NRY領域)の配列を基に男性の遺伝子の系図を現在から過去へ辿ることができ、最終的には約20万年前頃にアフリカにいた一人の男性(アダム)に辿りつくことができます。
では、なぜミトコンドリアDNAやY染色体の分析から人類のルーツ、現代人類の誕生した地域や年代、移動経路、日本人といった人類集団の成り立ちが解明できるのかを簡単に説明します。
図2には、ミトコンドリアDNAの遺伝子の系図が塩基配列の型(ハプログループまたはハプロタイプと言われる)の系統関係図として示されています。ハプログループというのは、DNAの塩基配列で定義され、同じ配列を持つものは1つのハプログループとなり、その配列上で1つの突然変異が起こった場合、別のハプログループとして区別されます。この突然変異が起こったハプログループに更にもう1つの突然変異が起こった場合には、更に異なったハプログループとして区別されます。遺伝子の系図は、祖先から子孫にいたる過程で生じた突然変異の順番を反映した塩基配列の変化に従い、それぞれのハプログループの系統関係図が作られることになります。

図2で見ると、人類の共通祖先のイブはハプログループLで、Lから6つの突然変異を経て、ハプログループL3に辿りつきます。このL3がその後のアフリカ以外のすべての人類集団の祖先となります。L3はNとMという2つの系統を生み出しました。これが、その後突然変異を起こしながら、他のアジア集団、ヨーロッパ集団などのアフリカ大陸以外の集団を生み出しました。
日本人には、Mから派生したD(日本以外では、中国中部から東北部や韓半島で多く見られる)やM7(日本を含め、東南アジア、中国南部に多い)またB(日本を含め、アジアに広く分布し、東南アジアやポリネシア、ミクロネシアに特に多い)というハプログループが日本人を構成する主要なハプログループであり、図1からわかるようにミトコンドリアのハプログループから見ると、日本人の成立は多元的な起源を持つことがわかります。
ハプログループM7(M-7a,M-7b,M-7cのサブグループが存在する)は、縄文時代人にも3つのサブグループが確認され、東南アジアや中国南部方面から渡来した原日本人が持ち込んだハプログループと考えられます。一方、D(D4,D5の2つのサブグループが存在する)は弥生系渡来人によって大陸から持ち込まれたハプログループだと解釈ができるものです。
次に、先ほど述べたY染色体のハプログループから推定される日本人の成立のシナリオについて説明します。
図3は、現代人類のY染色体DNAのハプログループに基づく系統樹です。この図には日本人の持つY染色体のハプログループについて、非常に興味深い事実が示されております。
日本人には、日本に最初に移住してきた縄文系の人たち(旧石器時代後期に日本に移住してきた原日本人とその子孫と考えられる縄文時代人)がもたらしたと考えられるハプログループCとD、またこれらとは系統的に大きく離れたO2とO3(ハプログループOに含まれる)が認められます。ハプログループO2とO3は、中国大陸や韓半島に多く、弥生時代から飛鳥時代にかけての渡来人が持ち込んだ弥生系のハプログループだと考えられています。
図3の系統図に基づき各ハプログループが分布する地域を考慮すると、図4のような現代人類の移動ルートが論理的に推定できます。この移動ルートに従い、日本人が持つY染色体DNAのハプロタイプを持つ人々の日本への移入ルートを説明します。

1つのルートとしては、約8万5000年前頃にエチオピア付近から出アフリカを遂げた古い人類の系統が、南海岸ルートでアラビア半島、インドから東南アジアに到達したルートがあります。当時の東南アジア地域の人々が持っていたと考えられるハプロタイプCとDは、東アジアの沿岸を北上し原日本人となった人たちが日本列島にもたらしたものと考えられます。このハプロタイプCとDは、現在の東南アジアの人たちや、オーストラリアの先住民などに大きな頻度で見られます。
一方、出アフリカを遂げ、中近東、西アジアを経て大陸を東進し、東アジアに移動する過程で生まれたハプログループO(O2とO3のサブグループがある)は、その末裔である現代の中国人や韓国人を含む東アジアの人々に大きな頻度で見られます。このサブグループO2、O3は、弥生時代から飛鳥時代にかけて大陸からの渡来人が日本へ持ち込んだものと解釈されています。
今回のサイエンス誌上に掲載された論文は、日本などアジア10カ国の合同研究チームにより発表されたもので、その内容は核DNAの膨大な数の塩基配列上に点突然変異で生じた一塩基多型(SNP)6万箇所を調べ、アジア、太平洋地域、南北アメリカの約73民族・集団の1900人を対象に比較分析し、得られた各集団内・集団間のハプロタイプの多様性を調べたものです。
今回発表された論文の中で作成された系統樹は、約19934の一塩基多型から民族・集団間の近縁関係を最尤法(さいゆうほう)系統樹で示したものであり、各民族や集団の構成員のハプロタイプに基づき集団の成り立ちを考察したものではないので、上で議論したミトコンドリアDNAやY染色体DNAのハプロタイプに基づく日本人の成立といった詳細なシナリオは、この方法からは得られません。しかし、アフリカからアラビア半島、インドの海岸ルートを経て、東南アジアに到達した東南アジア地域の集団がアジアのモンゴロイドの主要な基層集団であることは明らかにされました。
今回の研究成果は、これまでの研究で日本人の祖先である原日本人が南方起源であるという考えを支持するものであります。しかしながら、日本人を含めたアジアのモンゴロイド集団の形成に関する詳細なシナリオはこの論文からは読み取れません。
これまで日本人の形成に関しては、形態学的な研究から提唱されてきた日本人成立の二重構造論、すなわち、「縄文系先住民集団に弥生系の渡来集団が付加し、日本人の原型が形成された」というシナリオがありました。今回本文中に説明したミトコンドリアDNAやY染色体DNAのハプロタイプ分析は、形態学的に基づき構築された二重構造論というシナリオを踏まえながら、日本人のルーツや成立プロセスについて、より説得力のある詳細なシナリオを構築しつつあります。
今後、日本周辺のアジア地域全域の多くの集団を含めたより詳細なDNA分析を進めることにより、日本人のルーツや成立プロセスに関しての解明が更に進展していくと思います。




















