IT社会の将来を「幻視」する

メディア論、サイバーリテラシー
朝日新聞で社会部記者、整理部記者、出版局編集者などを経て、1988年にパソコン使いこなしガイドブック『ASAHIパソコン』、1995年にインターネット情報誌『DOORS』を創刊し、編集長を務める。メディアのプロ(実務家)としてパソコンやインターネットに取り組み、メディアが社会に与える影響に強い関心をもってきた。
白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけり 牧水
いいですねえ。
しかし、今回は、灯火親しむの候でいきましょう(^o^)。
先日、自宅近くの古書店に寄ったら、もう30年近く店を張っている店主が「いよいよダメですねえ」とため息をつきました。店内には主として文学、人文科学関係の古書が一冊ごとに半透明のセロハン紙でカバーをかけられて、きれいに陳列されています。作家の井上ひさしさんが存命中は古書探しの注文がどっときたそうですが、いまはそういう上得意もいないとか。「日本古書店のメッカ、神田がすでに崩壊寸前です」と店主の口調は諦めムードです。
久しぶりに顔を出したせいでしょう、私が編集長をしていたころの『月刊Asahi』のバックナンバーを奥から持ち出して、「この『日本近代を読む「日記大全」』の特集号はすごかった」とほめてくれました。「それも力を入れた号だったけれど、それ以前の『20世紀日本の異能・偉才100人』の特集の方がおもしろかったですよ。即日完売したほどです」とおしゃべりしながら家に戻ったら、このバックナンバーがいくつか残っていました。店主に進呈しようとして、ページをぱらぱらめくると、懐かしさが突き上げてきます。1992年7月号だから、かれこれ20年前の雑誌です。

だから名を上げても、みなさん知らない人が多いでしょうが、たとえば画家、陶芸家、書道家、美食家として有名な北大路魯山人は選ばれず、彼を世に出した加賀金沢の茶人、細野燕台が入っています。美空ひばりは当然選にもれて、少女時代に彼女がまねたブギの女王、笠置シズ子が選ばれました。プロ野球では長嶋茂雄が入るわけもなく、「今日も景浦、飛球を取らず、追わず、走らず、動かず、理由不明」と阪神某監督を嘆かせた” 大打者”、景浦将が当選です。
山口昌男は、選者代表として、「日本近代の精神の歩みは、(1)勝ち派の立場、(2)負け派の立場、(3)ひとり我が道をゆく立場、の3つに分けられる。脱イデオロギーの時代である21世紀においては、(1)はほとんど視野に入らなくなり、(2)もまた重すぎる、ということになるかもしれない。新しい世紀には(3)が一番ぴったりする」と書いています。
日本には、はなばなしい活躍をしたわけでもなく、名を知られることもなかったけれど、ユニークな人材がたくさんいたということです。
いきなり、話は飛びます。
30年余にわたりアップルを率い、パソコンからスマートフォンへと移るIT業界に尋常ならざる波紋を投げかけてきたカリスマ経営者、スティーブ・ジョブズが2011年8月、ついに一線を退きました。パソコン黎明期の二大天才ともいうべきマイクロソフトのビル・ゲイツはすでに引退、いまは慈善事業にいそしむ日々です。ジョブズの表舞台からの退却が、IT社会史の大きな節目であることは間違いないでしょう。ジョブズ引退のニュースを伝えたCNNの見出しは「大学の落ちこぼれから技術の夢想家へ(From college dropout to tech visionary)」でした。
インド放浪から戻ったジョブズは1975年に友人の天才プログラマー、スティーブ・ウオズニアックといっしょに自宅ガレージでアップルeを作ります。パーソナル・コンピュータの父とも言われる、これまた天才的コンピュータ科学者、アラン・ケイがゼロックス・パロアルト研究所で試作したアルトを見て、画期的なGUI(グラフィカル・ユーザー・インターフェース)に驚いたジョブズは、ただちに「電話帳の上に乗る大きさの」マッキントッシュを開発しました。東部エスタブリッシュメント企業、ペプシコーラの社長、ジョン・スカリーを、「あなたは人生の残りの日々を、ただ砂糖水を売って過ごすんですか。世界を変えようというチャンスに賭ける気はないんですか」という殺し文句で口説いてCEOに迎えながら、スカリーその人によってアップルを追われたりもしています。後にCEOに返り咲き、すぐさましゃれたデザインのパソコン、iMacを開発、アップル再建を軌道に乗せました。そして2001年にモバイル端末のiPodを発売、音楽流通に革命を起こすと同時に、iPod touch、iPhone、iPadへと続くモバイル端末の投入で、アップルをIT業界の最先端にして最優良企業へと導きました。
まさにvisionaryであり続けた36年でした。
ジョブズに続いてIT舞台にはなばなしく登場したアマゾンのジェフ・ペゾス、グーグルのラリー・ペイジ、フェイスブックのマーク・ザッカーバーグ、そして大いに物議をかもしたウィキリークスのジュリアン・アサンジ、みな大いなるvisionaryだったと言っていいでしょう。彼らは、コンピュータ、あるいはインターネットという精神機能を拡張する道具によって、自らの異能を開花させました。
我が「異能・偉才」もまたvisionaryだったと言っていいでしょう。彼らは、時代の制約の中で、我が道を行く特異な分野で活躍しただけで(B級の変わり者として)終わりましたが、インターネットの時代、スマートフォンの時代、ソーシャルメディアの時代にあっては、万人がその異能・異才を世界に向かって押し出す機会を得ました。そして、日本にその土壌が十分あることを「異能・偉才」が証明しています。これからは「我が道をゆく個性こそが大事である」との山口昌男の予言は、インターネット時代において、いよいよ真実味を帯びてきたと言えます。
残念ながら日本人は、今までのところ、IT発達史に大きな足跡を残すには至っていません。何人かの「異能・偉才」がいたのは確かだけれど、日本という社会システムがそれを十分育てなかったとも言えるでしょう。しかし、これからは違います。日本も、世界も、激動の渦中にあります。サイバー大学の学生の中から世界を変えるvisionaryが誕生することを願っています。
おっと、灯火親しむの候、でした。
最後に、とってつけたように(^o^)、「サイバーリテラシー概論」などの授業ではふれていない最近の著作をいくつか紹介しておきましょう。
・デビッド・カークパトリック 『フェイスブック 若き天才の野望』(日経BP社、2011)

・ダニエル・ドムシャイト‐ベルク 『ウィキリークスの内幕』(文藝春秋、2011)
・マルセル・ローゼンバッハ/ボルガー・シュタルク 『全貌ウィキリークス』(早川書房、2011)。
最初の1冊は、サイバー大学学生の必読書です。ザッカーバーグはフェイスブックで世界をどのように変えようとしているのでしょうか。後の3冊はいずれもウィキリークスがらみの力作です。ダニエル・ドムシャイト‐ベルクはウィキリークスのナンバーツーだったプログラマーですが、他の2冊は、英紙ガーディアンとドイツの週刊誌シュピーゲルの記者(編集者)によるものです。ウィキリークスという内部告発サイトが既存メディアにどのような影響を与えたかを知るにはかっこうの書物です。秋の一夕、これらの書物を読みながら、IT社会の将来を大いに「幻視」してください。
ん? 幻視には、やっぱり酒の方がてっとりばやい、かな。ただし当然、未成年の方はダメです。本を大いに読んで、勉強するしかありません(^o^)。




















